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福岡高等裁判所 平成5年(行コ)10号 判決

控訴人(被告) 佐賀県知事

被控訴人(原告) 緒方秋由

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因(被控訴人)

1  被控訴人は、原判決添付別紙物件目録記載の各土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

2  控訴人は、土地改良法(以下「法」という。)による佐賀県営の鳥栖北部地区土地改良事業(以下「本件事業」という。)の施行に伴い、法八九条の二第八項、五三条の五第六項の規定に基づき、被控訴人に対し、平成四年六月一二日付け書面により、本件事業の施行地域内に在る本件土地の使用収益を一時停止する旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

3  本件処分は違法であるから、被控訴人は、控訴人に対し、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否(控訴人)

1、2は認める。

三  抗弁(控訴人)

1  本件処分に至る経緯

(一) 控訴人は、鳥栖北部地区の圃場一四八・四ヘクタールの整備を目的とする本件事業の推進を希望する地元地権者からの申請を受けて、昭和六三年九月一〇日、本件事業計画を策定、公表し、同年九月一六日から同年一〇月一一日まで事業計画を縦覧に供したが、法定の異議申立期間である同年一〇月二六日までの間に異議の申立てがなかったので、事業計画の実施に着手した。

被控訴人は、平成二年一二月六日、前主から本件土地を買い受け、同月一一日、その旨の所有権移転登記を経由した者であるが、本件土地に係る本件事業の第二工区五一・一ヘクタール(工期・平成二年度から五年度まで)のうち約二二ヘクタール部分の整備工事は、平成三年一一月一二日鳥栖市牛原町公民館で開催された当該工事内容の最終説明会の後、着工され、平成四年三月までに完了した。

(二) これより先、本件事業に係る事務のうち換地事務を委託された鳥栖市土地改良区では、平成二年五月一日、換地選定の基準と手順を細かく取り決めた換地設計基準を定め、右基準に従って換地計画原案を作成した。そして、平成三年三月一七日から一九日までの日程で、権利者に右原案を公表すると同時に、権利者の意見聴取を行った。その結果、被控訴人を始め大多数の権利者の同意が得られたが、一部の権利者が同意しなかった。そこで、原案の見直しを検討し、同年四月一三日、被控訴人に係る換地予定地の位置を変更する修正案について被控訴人に相談したところ、被控訴人は、これを諒とし、指定予定地図上にその旨捺印した。かくして、同月三〇日、権利者全員の同意による換地計画原案が確定した。

その上で、鳥栖市土地改良区は、確定した換地計画原案に基づき、平成三年度に整備工事が完了した前記地区について、従前の土地に代わるべき一時利用地の指定を行い、一時利用が認められた者に対し、「一時利用地指定通知書」により、その旨を通知するとともに、これに伴い当該土地の使用収益が停止された者に対し、「一時利用地指定(使用及び収益の一時停止)通知書」により、その旨を通知をした。

2  本件通知書の瑕疵

(一) 控訴人は、平成四年六月一二日付け前記指定通知書により、訴外松隈信雄(七月六日到達)、林種男(七月一日到達)及び馬場崎レイ子(六月二八日到達)に対し、同人らの従前地に代わるべき一時利用地として本件土地を指定するとともに、これに伴い本件土地を使用収益することができなくなる被控訴人に対し、同日付け前記停止通知書(以下「本件通知書」という。)により、その旨を通知した。

なお、控訴人は、その後被控訴人に対する換地予定地の整備工事が完了したのを受けて、平成五年六月二二日付け書面により、被控訴人に対し、本件土地に代わるべき一時利用地(仮番地一五八番三三七〇平方メートル)を指定した。

(二) ところで、本件通知書の「使用収益ができなくなる日」の欄は、期日の記入がなく空欄のままになっている。

しかし、右は、本来関係権利者に指定通知書及び停止通知書が確実に交付されると見込まれる日を記入すべきところ、事務上の手違いにより記入漏れとなったものであり、このような期日の記入を欠く通知書による本件処分は、行政処分の一般的効力として、通知書到達の日からその効力を生ずるものと解すべきである。そのように解しても、同地区における一時利用地の指定が平成四年度の水稲作付前に行われることは、平成二年一〇月ころから回を重ねた事前の説明会を通じて、披控訴人ら権利者の間で周知の事実であったから、権利者の間で混乱を生ずる余地はない

よって、被控訴人による本件土地の使用収益は、本件通知書が被控訴人に手交された平成四年七月七日に適法に停止されたものというべきである。

3  本件処分の効力

(一) 本件処分に対し、被控訴人は、同月二〇日、次の二点を求めて、異議の申立てをした。

〈1〉 一時利用地の指定は、当初の換地計画原案に基づいてすること

〈2〉 本件土地の使用収益ができなかった平成三年と四年の二年間の損失を補償すること

これに対し、佐賀県は、円満かつ早期の解決を図るため、鳥栖市土地改良区と協力して、被控訴人との調整に努め、〈2〉の点については、次の説明により、すなわち、平成三年度において本件土地を使用収益することができなかったのは、被控訴人が国の政策である水田農業確立対策事業(いわゆる減反政策)に則って自ら使用収益しないことを申し出たことによるものであり、平成四年度分については、損失補償をする旨説明したことにより、被控訴人の了解を得ることができた(ただし、右損失補償金一一万四九〇〇円は、被控訴人が受領を拒否したため、平成五年三月三〇日、佐賀地方法務局に供託した。)。

ところが、〈1〉の点について調整中の平成四年八月二八日、被控訴人は、突然本訴を提起した。

(二) 本件処分を違法とする本訴における被控訴人の主張は、右〈1〉の点に加え、次の点を追加する趣意と思われる。

〈3〉 一時利用地の指定は、法「第五条第七項に掲げる権利を有する者」(法五三条の五第三項)に対してすべきところ、法五条七項にいう権利者は農用地以外の土地に係る権利者でなければならないが、本件土地は、いずれも農地であり、したがって、本件処分について法の適用を誤っている。

(三) 以上の〈1〉及び〈3〉の主張に対する控訴人の主張は、次のとおりである。

(1) 〈1〉について

当初の換地予定原案が修正されて最終の換地予定原案が被控訴人の同意も得て適法に確定された経緯は、前記のとおりであり、右確定案に準拠してされた本件処分に違法はない。

(2) 〈3〉について

法五三条の五第一項の規定に基づき一時利用地を指定するについては、その一時利用地及び従前の土地について法「第五条第七項に掲げる権利を有する者」(同第三項)に対し必要な事項を通知することになっているが、ここにいう「権利を有する者」とは、文字どおり当該一時利用地及び従前の土地について法五条七項掲記の所有権等の権利を有する者を指す。農用地以外の土地に係る権利者でなければならないとする被控訴人の主張は、誤解に基づくものである。

4  抗弁に対する認否(被控訴人)

いずれも争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、2は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について判断する。

1  通知書の瑕疵について

(一)  甲第一ないし第六号証、乙第一ないし第七号証、当審における証人早田正信の証言及び被控訴人本人尋問の結果によると、抗弁1の(一)、(二)及び2の(一)の各事実が認められ、これによると、本件通知書(甲第一号証)の「使用収益ができなくなる日」の欄には、期日の記入がなく、訴外人らに対する指定通知書の「一時利用地の使用収益開始(従前の土地についての使用収益停止)の日」の欄も同様に空欄のままであることが認められる。

(二)  そこで、右期日の記入を欠く通知書の効力が問題となるが、一時利用地の指定通知は、関係権利者に同時に到達するとは限らないし、それに、一時利用地の指定により従前の土地の使用収益が停止され一時利用地の使用収益が開始されることになる権利者にとって、これに備える準備が必要であることから、一時利用地を指定するについては、権利者に「その使用開始の日を通知」することが求められている(五三条の五第三項)。

しかし、前掲証人早田正信の証言によると、同地区における整備工事が平成三年度に完了し、これに伴い、一時利用地の指定が平成四年度の水稲作付に間に合う時期に行われる予定であることは、平成二年一〇月ころから回を重ねた事前の説明会を通じて、被控訴人ら権利者に周知徹底していたこと、したがって、実際上本件一時利用地の利用を巡って権利者間に混乱を生じた事実もないことが認められ、右事実に照らして事を実質的に考察すると、使用収益の開始及び停止の日の記載を欠く通知書による本件指定処分及び停止処分は、その形式的瑕疵のため無効となるべきものではなく有効であり、行政処分の一般原則に従い、通知書到達の日(本件処分に限って言えば、平成四年七月七日)からその効力を生ずるものと解するのが相当である。

2  本件処分を違法とする被控訴人の主張の骨子は、控訴人の理解のとおり前記〈1〉(当審における被控訴人本人尋問の結果によると、その主旨は、修正後の換地計画原案は、強者を優遇する不公平なものであるから、修正前の換地計画原案に基づいて一時利用地を指定すべきであるとするものと解される。)及び〈3〉(法五三条の五第三項、五条七項違反)の二点と解される。

しかし、前者の点については、当初の換地予定原案が修正されて最終の換地予定原案が被控訴人の同意を得て確定されたことは、前記認定のとおりであり、右確定した換地予定原案の内容が違法であることは、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。したがって、右確定案に準拠してされた本件処分に違法はない。また、後者の点は、控訴人が主張するように被控訴人の誤解であることが明らかである。

他に本件処分を違法とすべき事由は、証拠上見当たらない。

三  以上のとおり、本件処分に違法はなく、したがって、被控訴人の請求は失当として棄却すべきところ、これを認容した原判決は不当であり、本件控訴は理由がある。

よって、原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鍋山健 小長光馨一 西理)

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